我が家の愛犬シンのあまえん坊な日々を坦々と描く日記です。

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私はどうやら「死」というものをあまり理解していなかったようです。
死んでしまうのがどういうことなのかよく分かりません。

現在17歳ですが、祖母や祖父もまだまだ元気です。
うちは母子家庭で母が忙しいため、いつも私の世話をしてくれています。
父もちゃんと生きていますので・・・

曾祖母さんが亡くなったときのことは覚えていますが、
私の中で曾祖母さんとの記憶といえばお見舞いに行ったことだけ。
幼かったこともあってか悲しいという思いをした覚えはありません。

だから、
私にとって富士丸が亡くなったことは、あまりにも急で重いことです。
昨日よりも今日、辛いのです。
今朝、目が覚めても富士丸の死は自分の悪い夢だったのではないのか・・・
と本気で思ってしまうほど、信じられていません。

父ちゃんの『富士丸が亡くなってしまいました』という言葉が頭の中で思いだされるたび、
余計に死を理解できず、受け入れられず、信じられなくなるんです。

「死んでしまったらもう、帰ってこない」なんてことは分かってるんです。
分かってるはずなのに、
また戻って来るんじゃないかと、また元気な富士丸があのブログで見られるじゃないかと
思ってしまいます。


・・・なんで他人の私がこんなになってるんでしょうね。
私がペットロスになってしまいそうです;;

私が、こんななら、富士丸を失ってしまった父ちゃんの悲しみは量り知れません・・・。
どうして、こんなにも急に2人に別れが訪れたんでしょうか・・・。
あまりに急すぎます。
父ちゃんは、山の家を建てようと頑張ってて、富士丸のことを1番に考えてて・・・・・
・・・・・・


・・・・どうしても・・・どうしても消化できません。
こんな暗い日記2回も書きたくはありません。
こんなに思いつめるべきではないですよね・・・
でも、自分の中で消化できません。
ごめんなさい。




富士丸は・・・・どこへいったんですか・・・・・




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2009.10.08 / Top↑
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